自己管理

セルフマネジメントのイメージ

今朝ぼんやりとテレビを観ていたら、先日電車内で出産した女性のニュースの続報的なものをやっていた。出産した女性に対してネットで批判的なコメントが出ているという。
そういうことをニュースとして取り上げるということの是非はさておき、批判的なコメントの中に「自己管理がなってない」というものがあると。
どうやらその女性は出産予定日前日だったらしい。

にしてもだ、そういうコメントをわざわざ発信する人がどういう人か知らないが、この「自己管理」という言葉が出てくることに異様なものを感じた。無理解・非寛容すぎるし勘違いにもほどがある。

そりゃ確かに、その電車が30分遅れたがために人生や命がかかったことに問題が生じたとかならそれは同情せざるを得ないし文句の一言も言いたいかもしれないけれど、あなたはそうだったのですか?

そもそも、自己管理というのはコントローラブルなこと、自分の意志で管理できることに対して使う言葉だ。
妊婦の誰が好き好んで「電車内で産もう」と思うものか。
誰が「今日●時ごろ病院に行って●時くらいから●時間で産もう」などと考えてそのとおりにできるものか。

出産と病気は違うけれど、じゃあ例えば電車内でくも膜下出血を起こして死んだ人がいたらそれも自己管理がなってないと言うのか。
発作か何かは仕方なくて出産が自己管理能力無しというなら、その境界は何だ?
出産は予定日があるから予測がつきやすいというのか?
確かにいつ生まれるかわからない状況だけど予定はあくまで予定だろう。
予定日の前日に出かけなければならない事情だってあるだろうさ。

誰しも何かしらの事情はある。
どんなに気をつけていたって不測の事態というのは常に起こり得る。
そういう不確実性の中で生きているんじゃないのか、ぼくらはみんな。

その女性がどうこうより先に、そういう状況下でも赤ちゃんが無事生まれたことや周囲の協力があったことに、素直に「よかったね」と思えないものだろうか。

まあ、そんなことではニュースにはならないけど、ぼくが例えば電車通勤最中にくも膜下出血になったら自業自得だざまあみろ、脳動脈瘤がいつ破裂するかわからない奴は出歩くな、そういう状態で出歩くなんて自己管理がなってない、自宅でおとなしくてろと言われるんだろう。

確かに、禁煙という自己管理がなってないという誹りは免れず、そういう非難は甘んじて受けざるを得ないけどね。

自己管理で思い出したけど、先日の主治医との会話の中で昨年のインフルエンザのことを話したら、

もし手術直前にインフルエンザとか風邪をひいたら、急ぐ手術じゃないから延期することもあるのでそのつもりで。

と言われた。

この「急ぐ手術じゃないから」っていうのがちょっと引っかかったけど(確かにそうだけどスケジュール的にはもう動かしにくい)、何の他意もないことは明らかで至極まっとうな話だから素直に聞いた。

今日は雪も舞ってるし、手術まで体調管理はちゃんとしなきゃ。

「自己管理」への2件のコメント

  1. 1
    SHU says:

    あのニュースの裏でそんなコメントを書き込んだ方がいたのですか。
    知りませんでした。
    このケースでネットで、「自己管理」を口にする人は無責任だと私は思います。
    無理解でも無知でも非道でも目の前で妊婦さんに向かって「お前のせいで商談が一個つぶれたじゃないか!」と罵声を浴びせる人のほうがまだ、ましだと私が思うのは、その人のその発言には責任が伴うからです。(実際にはそんな暴言?を吐けた人はいなかったはずです)極端な話、酔っ払いが線路に落ちたというケースでも、です。(今回の妊婦さんに失礼な例ですけど)
    列車遅延の怒りを「自己管理がなっていない」という言葉ですり替えるのは筋違いも甚だしいと思います。怒りの矛先がずれています。
    ましてや、本当に自己管理がなってなかったのかどうかもわかってない、
    しかも、おそらく遅延被害にあったわけではないであろうネットの向こうの人間がドヤ顔(に思えて仕方ないのですのす。違ったらごめんなさい)で吐いていいセリフだとはとても思えません。

    吐いていいとするならば、出産されたかたの主治医かお身内の方だけだと思います。
    そこには、心から妊婦さまを案じる気持ちがあるのですから。

    読んでいて不快であったり、ブログ継続のご迷惑になりそうでしたら、絶対にコメント許可しないでスルーしてくださいませ。
    この投稿を読んだときからどうしても書きたくて何度も書いては消し、かなり推敲は重ねたつもりなのですが。

    • 1.1
      筆者 says:

      自分は好きなことを投稿として書いているわけですから、それにお寄せいただいたこちらのコメントを承認しない合理的な理由はありません。
      まして一所懸命推敲を重ねたものであればなおさらです。