違和感とスタンス

クエスチョン

手術を決めてから、未破裂脳動脈瘤に関するいろんなサイト、特に経験者本人によるブログをよく拝見しました。本人にしかわからない心理や術後経過などを知りたかったからです。
意外に多くの方が経験談を書いておられることに驚きましたが、その分たくさんのことを参考にさせていただきました。

未破裂脳動脈瘤は、そのタイプや形状(嚢状、紡錘状、解離性、多発性)、発症部位、大きさ、リスクの程度もさまざまであり、本人の状況や状態や環境もさまざまです。

ですから、経験談は(症例というわけではないけれども)いろんなケースのものがたくさんあった方がいいと考えたのでぼくもブログを書き始めたわけです。

またいろんな違いがあるわけですから、一概に「こうである」「こうすべきだ」「こうすべきではない」と断言できるものではないと考えています。
ですがたまに「すべきだ」「すべきではない」という書き方がされているものを目にします。

曰く「脳ドックは安易に受けるべきではない
曰く「セカンドオピニオンを得るべきだ

そういう断定調の表現には違和感があります。
どうしてそういうふうに断定できるのだろう?
断定できる根拠はなんだろう?

ぼくが安易に脳ドックを受けセカンドオピニオンを得ていないからなおさらそう思うのかもしれません。

もちろん、誰が何をどう考えて何をどういう表現や手段で発信するかはぼくも含めて自由なので、書き手がそう思ったからそう書いているだけのことと言えばそうです。
また最終的には読み手がそれをどう受け止めてどう行動するかが問題ですから、表現方法に対していちいち目くじらを立てるようなことではないとは思います。
書き手のスタンスの違いと言ってしまえばそれまでです。

でも「経験者が言うこと」には一定の説得力がありますよね。
経験者が「すべきだ」「すべきでない」と言うと、もしかしたら「ああ、そうか」と思う人もいるかもしれない。

ぼくはこのブログを

  1. 役に立つ情報の提供を目的としていない
  2. これはあくまでひとつのケースにすぎない
  3. ぼくのケースについてできるだけそのまま書く
  4. 不安を煽るようなことは書かない、深刻にしない
  5. どう判断するかはあなた次第

というスタンスで書いています。
だから断定調にならないよう注意を払っています。

ですがそれでも、ぼくも未破裂脳動脈瘤持ちのひとりなわけだから、断定しないとは言っても、またこんないい加減でふざけたマイナーなブログでも、なんかの拍子にアクセスしてしまって何かしらの説得性を感じてしまう人がいるかもしれない。

そこんところに気をつけていきたいと思います。