沈黙の病

落日

突然くも膜下出血を発症し、前頭葉の大部分を侵され高次脳機能障碍を負ってしまった夫を持つ妻のブログを読んだ。数年間に及ぶ投稿を最初から最後までつぶさに読んだ。
本人や家族のその後の生活、人生、心情心理などは筆舌に尽くし難いものがある。壮絶とか深刻とかそういう通り一遍の表現では間に合わない。全く何と言っていいのかわからない。
ただそういう体験を赤裸々に語ってくれる人がいることに感謝しなければならない。

前頭葉は人間が人間であるための機能を司るところ。ここが機能しなくなるとその人がその人でなくなる。その人の夫の場合は一命をとりとめ運動能力自体はかなり回復したけれども、精神的にはもう元の夫ではなくなってしまったそうだ。もう何年も経つが精神や思考面の回復については見込みもほとんどないという。運動能力が回復しているが故にその特異な行動が際立つようだ。

くも膜下出血に見舞われると死の淵から生還できたとしても「人として壊れてしまう」可能性がある。

高次脳機能障碍は、外見、言語能力、運動能力そのものに大きな問題がないことが多いため、「見えない障碍」と言われており、周囲の理解や福祉の体制もまだまだとのこと。
正直、ぼくは脳動脈瘤が破裂した後に周囲も含めてどんな人生が待ち受けているかということについて、具体的な知識や認識が乏しかったように思う。

「沈黙の臓器」という言葉がある。

肝臓、腎臓、膵臓などがそう呼ばれる。血管も広義に臓器とするならばぼくは血管も立派な沈黙の臓器だと思う。そして未破裂脳動脈瘤は、よほどのこと(とてつもなく大きいとか部位がやばいとか)でない限り何の自覚症状もない。その存在に気づかない。まさに沈黙の病だ。
他の沈黙の臓器のように微妙な体調不良などの影響が出てくることもなく、ある日突然くも膜下出血というとんでもないことを引き起こす。そしてくも膜下出血は場合によってはとんでもない結果をもたらす。

くも膜下出血に限った話ではない。動脈硬化や血栓など健康阻害要因となる血管の問題はいくつもある。
普段健康には気を配っているという人の中で、自分の血管の状態を把握している人はどれくらいいるだろう?

動脈瘤は無いと言い切れる人が何人いるだろう?

このブログでは、「未破裂脳動脈瘤があること自体を恐れる必要はなく、それはくも膜下出血を未然に防ぐ機会を得たということで、その人にとって正しい対処をしていけばいい」ということを伝えたくて、だからあまり不安を煽るような、深刻な話や表現はできるだけしないようにしてきた。その考えは変わらない。いやむしろ「積極的予防」が大切だという思いを一層強くした。

未破裂脳動脈瘤は、その存在がわかれば沈黙の病ではなくなる(言うまでもなく「症状が出る/出ない」という意味ではない)。

ただ、冒頭で触れたような「くも膜下出血の先にあること」についての認識が甘いということを痛感したので今回こういうことを書かずにいられなかった。

来月の手術でとりあえず破裂は予防できるけど、それ以降も血管には気を配っていこうと思っている。