主治医のひとこと「まあ普通」

男性医師のイメージ

以前どこかで書いたけれど、正確には主治医は3人いる(いた)。
その中で未破裂脳動脈瘤発覚後から面倒を見てくれたF先生をこのブログでは「主治医」と呼んでいる。

このF先生、年齢はぼくよりそこそこ下だけども、脳神経外科専門医としてのキャリアも相応にあるようだ(未破裂脳動脈瘤の開頭クリッピング手術の執刀について言えば経験は数十回、本人曰く「百回まではやってない」:実は血管内治療が専門)。

脳ドックを受けた病院と手術をした病院は同じで、病院探しはしていないしセカンドオピニオンなども求めなかった。
それはその病院がなにしろ自宅至近であり未破裂脳動脈瘤の処置について一定以上の評価と実績を持っているということもさることながら、F先生の人柄に負うところも大きい。

絶対絶大全幅の信頼を置いたかというと正直そこまでではないが、半年おきではあるけど何度も話はしているし、必要十分なことはきっちり話すし、ことさら深刻な感じを出したりリスクを必要以上に強調することもなければ変に楽観的でもなかった。
当たりは適度にフランクというかカジュアルで、丁寧すぎず馴れ馴れしすぎずの絶妙な距離感だった。

手術日を決めるにあたっては「4月以降はもしかしたらしばらく海外に行くかもしれない」というF先生の(不確かなw)スケジュールを考慮したものである。
本人は「いや、手術はほかの先生もできますって」と言っていたけど、アンギオもF先生にやってもらっていたしこれまでのお付き合いwもあるから是非F先生にやってほしかった。

よしこの先生にお任せすれば安心だと思った最後の決め手(というか最初からそのつもりなんだけど)は、手術を3週間後に控えたインフォームドコンセント的な話のとき、この手術の難易度はどうかという問いに対し、

まあ普通。

と答えた点にあった。

この「答え方」がよかった。
ぞんざいであったりいい加減であったりするのではない。
本当にごく普通の

まあ普通。

だった。

そっか、それなら大丈夫だね

と納得してしまう妙な説得力があった。

まあ実際(誰が言おうと誰がやろうとリスクも含めすべてが)「普通」だったのかもしれないが、それでも自然に

まあ普通。

と言えてしまうことにF先生の自信のようなものを感じたのである(本人がどう考えていたのかは知らない。今訊いても「覚えてない」って言うだろう)。

で、まあ、多分「普通」に終わり順調に回復している。

F先生でよかったなと思う。

ぼくは退院の翌日から職場復帰したが、それはかつて主治医が「9日で退院して翌日から働く人もいます」って言ったから「おれもそうしよう」と頑張ったのだ。だけど主治医はそのことを・・・
退院の前日、開頭クリッピング手術の内容や経過について説明を受けたとき、主治医は「リハビリとか無いですから」と言った。病院でやるリハビリというのはぼくの頭の中には全くなかった。
後で知ったことだが、主治医は血管内治療専門医だった。ぼくは血管内治療専門医に開頭してもらったわけだ。だけどこのことはむしろよかったと思っている。それはなぜかというと・・・

「主治医のひとこと「まあ普通」」への2件のコメント

  1. 1
    SHU says:

    自分にとっていい医者だった、と思える、これ以上の「治療」はないと私は思っています。
    私の執刀医も私にとって最高だと思います。
    こういう感覚というか意識が術後の治りもよくするんじゃないかな、と少なくとも私自身はそう思ってるんです。
    だから抜鈎漏れくらい我慢してやるよ・・ってなるんです(笑)

    • 1.1
      筆者 says:

      SHUさん、コメントありがとうございます。
      ゴッドハンドとして著名なら話は別かもしれませんが、その人がどれだけの腕を持っているかを正確に確信をもって把握することはできないと思いますから、最終的にはその人とフィーリングが合うかどうかなのかなと思いますね。