1% or 5%:手術する?しない?

ふたつのドアの前に立つ男性

未破裂脳動脈瘤が見つかって手術を勧められたとき、手術するかしないか、手術か経過観察かの選択に迷う・悩む人は多いんじゃないでしょうか。ぼくも少し時間が必要でした。

未破裂脳動脈瘤が見つかっても、その後の選択肢は実はもうひとつあります。手術も経過観察もしないという選択肢です。場合によってはそういう選択肢もありますが、ここでは「手術か経過観察か」に絞って書きます。

なお、ここに書くことは基本的に「結果論」です。

ぼくの発症部位が中大脳動脈分岐部で7mmで経過観察中に未破裂脳動脈瘤に変化が見られた、手術をして何も問題がなく順調に回復している、ということが前提になります。

また、これは手術を勧めるものではありません。

迷って悩んで当たり前

さて、手術か経過観察かの選択を迫られたとき、ここでもやっぱり、(その数値の信頼性はさておいて)年間破裂率1%とか手術における合併症(後遺症)発症率5%とかが気になってくると思います。

単純に数字だけを見れば手術のリスクの方が高いわけだし、くも膜下出血の予防治療なのにそれで障害を負うようになってしまったらシャレになりません。

しかも1%なんて「ほとんど破裂しない」と同じなんですから、手術するか否かに逡巡するのは当然でしょう。

結局は博打

これまで書いてきたように、ぼくは手術そのものは割とはじめから決めており、脳動脈瘤に変化が見られたことが決定打となりました。
その「手術そのものは割とはじめから決めた」ときの自分の思考や心理は、今となっては少し曖昧です。1%とか5%とかも考えたんじゃないかと思います。

ですが、どっちを取っても無事な可能性もそうじゃない可能性もあるわけです。
先の見通しにくい二者択一。
これはひとつの賭けだと思いました。

どうせ博打なら、準備も気持ちの整理もへったくれもなく自分の意思に関係なしにある日突然くも膜下出血になって前代未聞の頭痛の末に手術するよりは、自分の意思で納得ずくで手術した方がまだいいと思いました。

一方ではそうそう破裂なんかしないとは思いつつも、やっぱり手術しておけばよかったという後悔をするのは嫌でした。

失敗の可能性はゼロではないにせよ、手術がうまくいけば破裂リスクはゼロになります。
でも手術を受けなければ破裂リスクはいつまで経ってもゼロにはならないしむしろ高まるかもしれない。たぶん高まる。

どちらが「より前向きか」。

だったら手術しようと思いました。

余談

経過観察中の定期MRI/MRAの何度かめに、主治医がこう言いました。

何かあっても(くも膜下出血でも手術失敗でも)言語野には影響しませんから。

おいおい随分と軽く言ってくれるじゃねえかとそのときは思いましたが、「言語コミュニケーションがとれるならまだなんとかなる」とも考えました。片麻痺などの障害がどんなに辛く厳しいものかを考えませんでした。

どうもぼくはそのへん軽く考えすぎなきらいがあります。

「1% or 5%:手術する?しない?」への7件のコメント

  1. 2
    みやび says:

    筆者様やSHU様と同じく手術が成功したから私も「手術して良かった!」と言えているのかもしれません。手術にあたってのリスクについては主治医からかなり詳しくきちんと教えていただいていました。私の場合脳動脈瘤が見つかったその時に手術を勧められたので考える余地はあまりなく、筆者様の言うように積極的選択をした感じです。

    • 2.1
      筆者 says:

      そう考えると、「悩む余地が少ない」ということはラッキーなことだと思います。
      でも、いくら積極的選択でも、もし万が一後遺症を負うことになったら、とてもこんなこと書いていられないだろうなと思います。
      また、手術のリスクが低いにせよゼロではないわけですから、どういう選択の仕方をしたにせよ、そこには博打的なものはついてくると思うのです。
      手術を決意した時点で「成功に賭けている」わけですよね。

      「手術するかしないか」で悩む人は結構多いと思っていて、その人たちに対して、普段の「おれはこうだった」以上のものを何か伝えたいと思って書きました。

  2. 1
    SHU says:

    私もかなり手術に対して楽観的だったと思います。というか、自分の瘤の部位すら知らないまま手術室に入ったんですから。どのあたりをどのくらいどの深さまで切るのかくらいしか聞かなかった気がします。

    失敗したらどういう後遺症が待っているのか、など一言も先生は言わなかったし、私も聞きませんでした。
    その代わり術後待っている痛みは懇々と説明されましたが、これは全く不安ではありませんでした。時間が必ず解決すると思ってましたので。
    でも術後先生が手足のしびれだの、目が見えてるかだのを綿密にチェックされたのを覚えてますが、なるほど、これが後遺症として出るのか・・とその時に知りました(笑)

    私、すごく不安症でして、後遺症やら失敗など、考えたくなかったんだと思います。
    不安症なもんで、破裂する可能性が年々高くなる瘤を抱えて一生すごすなんて、もっと考えたくなくて (^_^;) 経過観察でも大丈夫だよ、って言われてる間は平気でしたけど、さすがに「手術したほうがいい」と言われたとき、経過観察なんかしてる場合じゃないんだ!って瞬時に思いました。
    博打ではありませんでした。積極的な選択でした、私の場合。それしか道はないんだ、とすら思っており、手術にむけて調整しました。で、冒頭にもどりますw

    • 1.1
      筆者 says:

      それはすごい。ある意味ぼく以上ですね。
      手術は勧めるけど経過観察でもいいって言われて、そのうち手術しようと思った理由は投稿に書いたとおりですが、どっちを選んでも成功も失敗もあるんなら手術だなと思いました。
      そういう意味ではぼくも積極的選択、というよりは基本的にそれしか選択肢がなかったわけです。
      いつ振るかはわからないけど、サイコロ自体はもう投げたと。
      その結果が吉と出るか凶と出るかを考えたとき、これはもう後戻りのない博打だなと思ったわけです。

    • 1.2
      筆者 says:

      SHUさん、でもね、そうは言ってもぼくらは手術が無事済んだからそう言えるっていう部分もあると思うんですよ。

      すみません、SHUさんもぼくと同じく「自分はこうだったよ」というお話をしてしてくださっていることはわかっています。

      • 1.2.1
        SHU says:

        全くおっしゃる通りです。
        どこかでコメントしたかと思うんですけど
        私、医者との疎通が下手で、聞くべきことをちゃんと聞けてませんでした。
        筆者さまくらいきちんとインフォームドコンセントできていれば、と思いましたもん。
        後で知ったことがどれほど多かったか・・・今回の瘤の手術の影響で現在経過観察しているもう一つの瘤への影響もあったらしいのですが、それを知ったのも術後です。(あれだけの手術したのに形状かわってない・・すごいな・・と先生が漏らしたのを覚えています)
        結果的に私にはそれが功を奏したと思っているんです。
        というか、何もかも、運がよかったのかもしれません。
        そういう意味では「結果的博打」なんでしょうが、
        サイコロを振った意識がなかったもので (^_^;)

        でも、そう、手術に対して楽観的というのは、表現として適切ではなかったと思います。不安で蓋をしていた、というほうが正しいかもしれません。

        • 1.2.1.1
          筆者 says:

          いやまあ、それはSHUさんの主治医にも責任あると思いますよ。
          でも「知りすぎる弊害」「考える弊害」というのもあると思います。
          ぼくも、楽観的かもしれませんが、開き直りというかそういうのもありましたし、いろいろ考えるのが面倒くさいのであんまり考えないようにしていました。
          このブログを書き始めてからですよ、いろいろ知ったり考えたりしたのはwww

          サイコロは、いつの間にか振られることもあるんじゃないかと思います。